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忘れてた
日の目を見られるときが
来そうです。


今週の木曜日に
レポートにして提出予定。


つづき書くとか言って
すっかり忘れてました。


何のことだかわかんない人もいると思うので、
旧ブログに載せたもののコピーだけど
もう一回載せときまーす。



「志賀直哉『児を盗む話』について」


☆この短編には二人の女の児が登場するが、なぜ「二人」である必要があったのか?

…という問題。



ただ単に「女児誘拐」
(こう言い切っちゃっていいのかなぁ?)
を描くだけなら、
「二人」も必要ないわけです。


むしろ一人にしたほうが
人物関係も非常にすっきりしてて
わかりやすいわけですし。
(すっきりしてりゃいいってもんでもないだろうけど)



ではなぜ「二人」である必要があったのか?



その問題を探るために
まず二人の女の児の特徴を挙げてみます。


○按摩の女の児=実際に盗んだ児

  ・甘ったれるような声
  ・小声でグヅグヅ
  ・五つばかりの色の黒い可愛い児
  ・「着ぶくれで、…格好」 →幼さの強調
  ・鼻声
  ・野趣を持った愛らしさ
  ・田舎の子供らしいいやな臭い


○芝居小屋で見た女の児=本当に盗みたかった児

  ・六つばかりの美しい児
  ・色の白い
  ・目つきと口元に大変愛らしい所のある児
  ・平気で大きな声をして笑った
  ・可愛いばかりでなく非常に美しい児
  ・聯想(レンソウ)があった
  ・子供の頃好きだった人の子供時代によく似ていた
  ・「…女中とで来ていた」
  ・その女の児を自分のものにしたいという欲望


以上をまとめると、

 〈按摩の児〉    =「可愛い」「静」「幼い」「黒」                 「田舎っぽい」
           →実際に盗んだ児

 〈芝居小屋で見た児〉=「美しい」「動」「聯想」「白」                 「裕福」
           →本当に盗みたかった児

…といったように、
非常にきれいな〈対比関係〉が認められます。


まさにここに。

女の児が「二人」出なければならなかった理由があるのです。





で、
ここからの続きを
いつか書くって言ってたわけですね。


これからやります。
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【2006/07/09 02:28 】 | らくがき | コメント(0) | トラックバック(0) |
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